隅田川のほとり・・・豊島PartU「六義園逍遥」

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zoom RSS 六義園の鶺鴒石

<<   作成日時 : 2017/06/02 09:29   >>

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19 鶺鴒石 (せきれいせき)

妹背山の入口の石なれば、名付(なづけ)ぬ。
伊弉諾(いざなき)・伊弉冊尊(いざなみのみこと)、鶺鴒に夫婦の道を習ひ給へる事、『日本(やまと)ふみ』に有(あり)。
『賀茂保憲(やすのり)が女(むすめ)の集』にも、「世の中はじまりけるとき、むかしは『にはたゝき』といふ鳥のまねをしてなむ、男女(おとこおんな)は定(さだめ)けるに」とあれば、「妹背山の道を教(をそば)る」といふこゝろにて。
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鶺鴒石 (19 せきれいせき)は、六義園八十八境の一つ。 『日本(やまと)ふみ』 は、『日本書紀』(にほんしょき)のことで、神代から持統天皇の時代(じとうてんのう、645〜703年、在位:690〜697年)までを扱う日本に伝存する最古の正史で舎人親王らの撰により、奈良時代の養老4年(720年)に完成した日本の歴史書です。この歴史書の日本神話中に出てくる夫婦の創造神が、伊弉諾・伊弉冉尊【いざなき・いざなみのみこと】です。二神は、天の浮橋から矛(ほこ)で大海をかきまわし、その滴(したたり)からできた於能碁呂(おのごろ)島で夫婦の交りを二匹の鶺鴒に教わり、大八洲(おおやしま)国と万物およびその支配神を産みました。・・・この神話を元に、「27.仙禽橋(たづのはし)」を渡り「中の島」に入ったところに石をおき、「一境」としました。

【中の島】
六義園の池泉の中央には「中の島」と呼ばれる妹の山・背の山からなる島があります。この「中の島」には、神話に基ずく境が多数造られています。「鶺鴒石」は妹背山に致る道筋を教えてくれる石で、「子孫繁栄」の祈りが込められています。
「中の島」にある境は下記のとおり。(太字は、石柱がある境です。)
14.妹山 15.背山 16玉笹 17.常盤   18.堅磐 19.鶺鴒石 20.詞華石  21.浮宝石  22.臥隆石 23.裾野梅
25.詠和哥石 26.片男波   27. 仙禽橋
なお、背山の北麓には、六義園・十二境八景の「紀川涼風」の石柱もあります。
画像
図:六義園の「中の島」

【にはたたき】
セキレイにはたくさんの別名があり、尻尾の動きが石などを叩いているように見えることから「イシタタキ」「イワタタキ」「ニワタタキ」などとも呼ばれます。さらに、「オシエドリ(教鳥)」「コイオシエドリ(恋教鳥)」「トツギドリ(嫁鳥)」「トツギオシエドリ」「トツギマナビドリ」等。日本書紀では「にはくなぶり」と称されたそうです。
『賀茂保憲女集(かものやすのりがむすめのしゅう)』、「父保憲(917〜977)の略伝にみえる。家集は正暦(しょうりゃく)四年(993)初冬から翌春、作者四〇歳頃かとする説もある。」と新編国歌大観に記載があります。鶺鴒についての記述及び和歌が載っているので引き合いに出されたものと考えます。歴史的には「暦道」を究めた父の保憲の方が重要と思いますが、ここは和歌の庭ゆえ・・。

【鶺鴒の物名歌】 
『賀茂保憲女集』一八一、にはたたき
かどをだによしき心をおもふにはくなぶりはててとほき山ぢを

『続千載』七二八、にはたたき、入道前太政大臣(西園寺実兼)
さ夜衣かへすかひなき身にはただ君をうらみて袖ぞぬれける
参照→【物名】:82.花垣山

【古今伝授の三鳥】
古今伝授にいう「三鳥」とは、「稲負鳥(いなおほせどり)」、「百千鳥(ももちどり)」、「呼子鳥(よぶこどり)」のことです。稲負鳥は、古歌に詠まれた秋の鳥。稲刈り時に飛来するという。セキレイ・トキ・スズメ・バン・クイナなどとする諸説があるが、実体は不明(goo国語辞書)。 近世では鶺鴒とするのが通説。「百千鳥」はウグイス、「呼子鳥」はカッコウと言われています。
『古今和歌集』三〇六、是貞のみこの家の歌合の歌、壬生忠岑
山田もる秋のかりいほにおく露はいなおほせ鳥の涙なりけり

【通釈】山裾の田を見張る秋の仮庵に置いている露は、稲負鳥(いなおほせどり)の涙であったよ。(千人万首より)

画像
写真:鶺鴒石

【覚え】
賀茂 保憲(かも の やすのり、917〜977年)は、平安時代中期の貴族・陰陽家。賀茂忠行の長男。安倍晴明の師とも、また彼の兄弟子とも言われる。
暦道を究め、著書『暦林』はその後の旧暦研究において必要な資料として伝えられ、暦法の発展に保憲がいなければできなかったといっても過言ではない存在となった。陰陽道において、暦道は息子の光栄に、天文道は晴明に継がせたといわれ、これにより賀茂家と安倍家(土御門家)が陰陽道界の二大宗家の始まりとなった。(ウィキペディアより)

掲載日:2017年(平成29年)6月2日(金)晴 

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