隅田川のほとり・・・豊島PartU「六義園逍遥」

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zoom RSS 六義園の妹山・背山

<<   作成日時 : 2017/05/25 14:19   >>

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14 妹山 (いものやま)  15 背山 (せのやま)
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妹山(14.いものやま)、背山(15.せのやま)は、其々六義園八十八境の一つ。本文には何も書かれていませんが、序文には「それ、妹(いも)の山、背(せ)の山の混成(まろかれ)たる、あり。」との記述が見られます。『六義園記注解』を読むと、解説に「混成たる」は、「『古事記』『日本書紀』のイザナキ・イザナミの「国生み」の神話を踏まえ、「寄り合ってくる、姿を変える」という意味がある。形がまだなく、これから形をなそうという、混沌とした状態。」とあります。

【妹背(いも‐せ)、妹背山 とは】
「妹背」:1. 夫婦。夫婦の仲。2. 兄と妹。姉と弟(妹山の妹=女、背山の背=男を表す)。
「妹背山」:1.「男女の仲」のシンボル。2.陰陽和合・子孫繁栄・天地長久の象徴。
序文にある記述・記紀神話についての知識・見識を持ち合わせてはいないので、ここは単純に「妹背山」は、『古今和歌集』の仮名序に言う「男女(おとこおんな)の仲」のシンボル。子孫繁栄を願った山として先に進みたいと思います。
 なお、六義園の図(柳沢文庫収蔵品図録)をみると、二境を会わせて「妹与背山」の記述があります。

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写真@六義園の図、柳沢文庫収蔵品図録より
                      
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図:六義園の「中の島」

【中の島】
「妹の山」「背の山」の二境は、六義園の池泉の中央「中の島」と呼ばれる島にあります。この島は、『六義園記』の序文「遂に、駒込の離れたる館(たち)に就(つ)きて、いささかに和歌浦(わかのうら)の勝れたる名所(などころ)を写す。」より、紀州和歌浦の「妹背山」であることがわかります。
この「中の島」には、神話と和歌に基づく境が多数造られています。太字の境は石柱が残っていいます。
14.妹山 15.背山 16玉笹 17.常盤 18.堅磐 19.鶺鴒石 20.詞華石 21.浮宝石 
22.臥隆石 23.裾野梅 25.詠和哥石 26.片男波 27. 仙禽橋
なお、背山の北麓には、六義園・十二境八景の「紀川涼風」の石柱もあります。

【和歌の力】
 妹山と背山の間にある「玉笹」と合わせて、『古今和歌集』の仮名序にある「和歌の力」特に「3」の力が示されています。
1.力をも入れずして天地を動かし   ⇒ 天地の神を感動させる
2.目に見えぬ鬼神をもあわれと思わせ ⇒ 鬼神にも心に染みる感動(悲哀・哀憐の感情)を抱かせ
3.男女のなかをもやわらげ ⇒ 和歌には男女の仲を取り持つ力がある
 (隔て(障害)を乗り越えて和歌の力で結ばれる)
(和歌の力で、妹背の仲が和らぎ、子孫が繁栄することが、国家の平和を招き寄せることに繋がると信じられた。)
4.猛き武士の心をもなぐさむる   ⇒ 武断政治から文治政治体制へ変更していく「力」

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写真A:妹背山  2012/07/28撮影
中央の石群の上にある縦の石(16.玉笹)の左が妹山。背山はその右にあり松に覆われています。

【妹與背山】
いもとせの やまの下ゆく 河みつに うつるや松も あひほひの陰

大意:男女が連れ立って歩いている、この妹と背山の麓を流れる河面には、松も夫婦の松の姿を映していることだよ。
(和歌:『六義園 ーその初期の姿をめぐってー』 宮川葉子、大意:『柳沢吉保側室の日記・・松陰日記』正親町町子作 増淵勝一訳より)

上掲の和歌は、柳沢吉保が宝永三年(1706)に霊元上皇より賜った「勅撰六義園十二境」の一つ「妹與背山」を、黄門輝光が詠んだものです。(写真@参照)
黄門輝光は、権中納言従三位日野輝光(1670−1717江戸時代前期-中期の公卿(くぎょう)。日野資茂(すけもち)の子で当時37歳。
◇「黄門」とは:中納言の中国風呼び名です。水戸黄門というのは歴代水戸藩主(藩主の殆どが最終的には従三位権中納言を叙任)の別名ですが、光圀がお茶の間の人気をさらっていて、「黄門」→「水戸光圀」が一般的な認識となっているようです。
 
【妹背山の場所】
★川を挟んで相対する山の併称で各地にあります。
@和歌山県北部、伊都郡かつらぎ町を流れる紀ノ川を挟んで北岸に背山、南岸に妹山があります。あわせて妹背山といいます。[歌枕]
・ 近年では、万葉集に詠われている「妹背山」はかつらぎ町の「背ノ山二峰」とする説が有力とされています。妹山と背山の間に南海道が通っていた。→資料(村瀬紀夫「万葉集の背山・妹山ー吉野の妹山・背山をめぐってー」『文学・芸術・文化』 18巻2号 2007.3) 
A奈良県中部、吉野郡吉野町の吉野川を隔てて向かい合う南岸の背山と北岸の妹山。
B紀州和歌浦の一角、玉津島神社の前に在る島山。和歌浦にある船頭山、妙見山、雲蓋山、
 奠供山、鏡山、妹背山の六つの山は、その昔は小島だったようでそれらの小島をみんな、玉津島山と呼んでいたようです。
C六義園:紀州和歌浦をうつした池波に浮かぶ中の島に妹背山あり。

続く→ 六義園の妹山・背山 その2

写真(写真の上をクリックすると大きくなります)
加筆・修正/再掲載日:2017年(平成29年)5月25日(木) 曇
初回掲載日:2012/10/22 
撮影場所:六義園(東京都文京区本駒込6-16-3)
撮影機材等:Canon EOS Kiss X2、18-50mmF2.8

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