隅田川のほとり・・・豊島PartU「六義園逍遥」

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zoom RSS 六義園の心泉

<<   作成日時 : 2017/05/16 16:00   >>

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4.心泉(こころのいづみ)

「心の泉、いにしえよりもふかく、詞(ことば)の林、昔よりもしげし」と、『千載集』の序に見えたり。
此(この)泉は、庭の心より、池の心に流れぬれば、「詞の源の石」というに対して。
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心泉(4.こころのいづみ)は六義園八十八境の一つ。藤原俊成が撰集した「千載集」の序文から採られた境です。
『千載和歌集』は、寿永二年(1183)二月、後白河院の下命により、藤原俊成が撰者になり、文治三年(1187)九月奏上、翌四年(1188)四月奏覧された(明月記に記載有)七番目の勅撰和歌集です。
画像
 写真@六義園図、心泉 : 詞源石の下
心泉は六義園(駒込の下屋敷)の敷地全体の中央部にありましたが、文化六年(1809)に四代保光が復旧工事をした折に復旧できなかったことが「新脩六義園碑」に刻まれています。

【心泉】
「心泉」は人の色々な感情が生じてくる心の源です。「古今集」仮名序の序文(905年)では、「やまと歌は、人の心を種として、万の言の葉とぞなれりける」とあり、心が歌の根源で感情や思想を詞にしたものが歌だといっています。
【『千載和歌集』序文】
やまと御言の歌は、ちはやぶる神世よりはじまりて、楢の葉の名にをふ宮にひろまれり。・・・・・しきしまのみちもさかりにをこりて、こころのいづみいにしへよりもふかく、ことばのはやしむかしよりもしげし。・・・・・・・

平安朝四百年の和歌史は、歌題・歌材の本意(美的本性)の洗練の歴史であり、「心の泉、いにしへよりふかく・・・」とは、「心の内の深化とそれによる詞の洗練」を柳沢吉保はいっているとおもわれますが、いかがでしょうか。

◇千載集の撰集方針
千載集の歌は、後拾遺集(1086年)にえらびのこされたる歌、一条天皇の正暦(しょうりゃく、990〜995)年間を上限に代々の勅撰集に漏れた秀歌(時代の主流となった題詠歌)であると序文に記されています。またそのあとに「そのほか今の世までのうたをとりえらべるならし」とあります。これは時事詠ということでしょうか。下記に気になる三首をあげます。訳は資料2によります。

・さざ浪や志賀のみやこはあれにしをむかしながらの山ざくらかな  (66) よみ人しらず
(詠み人は、薩摩守忠度:滋賀の都は荒れ果ててしまったが昔ながらの長等山の桜が今年も咲いていることだ)
・松が根の枕もなにかあだならん玉の床とてつねのとこかは (510) 崇徳院御製
(松の根を枕にする旅寝というのも、何がはかないことがあるだろうか。都の金殿玉楼に寝ているような生活だとて、はたして永遠不滅であろうか、そんなことはありはしないのだ、どんな所に寝たって変わらないのだ。)
・吹く風をなこその関と思へども道もせにちる山ざくらかな  (103) 源義家朝臣
(陸奥国に行ったときに、勿来の関のところで桜が散っていた。風よ吹くなと思う勿来の関だけれども、容赦なく吹いてきて、道も狭くなるぐらい、いっぱいに山桜が散ってしまう。)

参照→6.玉藻礒//鎮魂の家集―千載集資料

1.『新日本古典文学大系10 千載和歌集』片野達郎・松野陽一校注 岩波書店
2.『千載集ー勅撰和歌集はどう編まれたか』松野陽一 平凡社

初回掲載:2012/08/30
掲載日:2017年(平成29)5月16日(火) 曇

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