隅田川のほとり・・・豊島PartU「六義園逍遥」

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zoom RSS 六義園の妹山・背山 その4

<<   作成日時 : 2017/05/28 17:29   >>

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14 妹山 (いものやま)  15 背山 (せのやま)
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【紀伊国の背山・妹山】
 万葉の時代から筑波山の25首に次いで、15首も詠まれてきた山が紀伊国の背山・妹山です。飛鳥の都ないしは藤原の都あるいは奈良の都を出発して、真土山(まつちやま)を越えるとそこは紀伊国です。この真土山を越えて西に約二五キロ下ったところに妹山・背山(妹背山)があります。現在の地名で、和歌山県伊都郡かつらぎ町、背山の下にはJR西笠田駅があります。
 
【妹山はどこにあるのか ?
背山は二峯の山 ―背山の隣に妹山】 
 

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図:背ノ山、船岡山、妹山(長者屋敷)
       
 上の図は現在の地図です。万葉集の第一人者・犬養孝先生が『万葉の風土(続)』の中で、紀の川の中州の船岡山を挟んで、その北側の背ノ山が「背山」、南側の長者屋敷を「妹山」と指摘して以来、それが通説になっていました。
 国学者・文献学者・医師である本居 宣長(もとおり のりなが、1730〜1801)は、妹山 は歌の中にのみ存在する山と結論付けていましたが、紀州藩の国学者・本居内遠(もとおりうちとう、1792〜1855年)は、背山の二つの峯のうちの、いずれか一方が妹山という見解を唱えていました。
 本居内遠の説は、「笠田万葉サークル」の地道で根気強い踏査の継続の結果、古代の南海道の道筋がわかり、この道々から見える背ノ山は、二峰がくっきりと確認できる山容を持つことから、間違いないと見られています。平成19年、笠田万葉サークル・編集発行の『輝く紀伊万葉―妹背山―』(資料1)に詳しく書かれています。また、妹背山詠十五首についても丁寧な解説がありお勧めの一冊です。

【妹背の山は背ノ山の二峯】
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写真:二峰の妹背山 (資料2より転載)

上の写真は、宝来山神社の方から撮られたものです。背ノ山の右の城山168mが背の山、鉢伏山163mが妹の山と指摘され、それが「妹背の山」ふさわしいと考えられています。背ノ山の南麓に紀の川が流れていて、その中州に船岡山、左岸に長者屋敷124mが見えます。

続く→六義園の妹山・背山 その5 【和歌浦の妹背山】

資料
1.『輝く紀伊万葉―妹背山―』編集発行:笠田万葉サークル、和歌山県記養育庁文化遺産課
 平成19年1月
2.『ふるさとの万葉故地に遊ぶ』発行:紀伊国万葉ネットワーク、2008年3月31日、4頁
参考:『南海道を歩く』編集・発行 紀の川流域文化遺産活用地域活性化協議会 発行2016年3月31日  ☆ いにしえの南海道をたどり、歴史と景観を楽しむガイドマップ

掲載日:2017年(平成29)5月28日(日)晴

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